原発事故被災者手記
馨(けい)の放射戦記

4人の子供と母親の原発事故との戦いの記録

No.16

2012/03/06

震災から丸2年の今

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震災から2年。京都に避難して1年2ヶ月。
未だに、福島の自宅も実家も祖母の家も、除染をしていません。
放射線量は、空間線量が毎時約0.5μSv、地面は・・・高いところで5μSv以上あります。
それはあくまで主にガンマ線だけで、ベータ線もアルファ線も拾う測定器で地面を測れば20μSv以上など平気ででてきます。
何度も言っていますが、そんな数値の場所には、人が住み続けてはいけません。
法律で、決まっています。
なのに人々が、普通に暮らしています。妊婦も子どもも赤ちゃんも、免疫の低い人達も住んでいます。
一軒一軒除染をすると、町の自治体で進めてはいるものの、昨年の夏前に話があって、今もまだやってもらえていません。
京都に来てから1年以上が経ちました。
この1年もあっという間でしたが、毎日落ち着かない日々です。
先が見えません。
こうして避難できているのは、京都府の借り上げ住宅や、市営住宅に無料で住まわせていただいているからですが、その期限が3年で切られるかも知れない、民間の借り上げ住宅は2年で切られるかもしれないという事で、慌てて府や市への要請を続けていました。
しかし福島では、2020年までに避難者をゼロにするという目標を掲げ、除染に力を入れているといいながら、その除染がなかなか進まないからと、目標の線量1ミリをを5ミリに緩和してくれと言う話まであったそうです。
解らなくもありません。除染で1ミリを目指すなど、どうやっても無理だし、とてもじゃないけど気が遠くなる話なのですから。
でも、人々を避難させず、大雑把な除染を続け、大雑把な健康調査や測定を続けています。 ほとんどの県民は、頑張ってくれていると思い込み、信じて生きていくほかないのです。 本当は避難しなくちゃならないはずなのに。
昨年6月、原発子ども被災者支援法が成立しました。(PDF)
放射能汚染により不安を抱える人達にとっては本当に画期的なことです。
しかし、国はここに予算を付けていません。
要請行動はここでも、やらなければいけません。
私達が声を上げなければ、消えて無くなるかもしれません。
しかし、この法律を知らされていない福島県民が、かなりいるようです。
避難した人だけのものだと思っている人もいるようです。
知らないから、声を上げようにも上げる事ができません。
こんな理不尽な事があるでしょうか。
せめて不安を抱えている人達にだけでも、教えてくれてもいいのに。
昨年9月から、避難ママ同士で「さぽーと紡(つむぎ)」という小さな活動をはじめました。
私達の目的は子ども達を動かす事です。
子育てしながらの活動はとても難しく、限界がありますが、とにかく無理のない活動にしようとバランスをとりながら、線量が高い地域に住む子どもたちをどう動かすかを考えてほしいと、支援者の方や一般の方々に伝えていました。
それに伴い、やはり民間の力だけでは難しく、国への要請がとても増えてしまい、優先して子どもを動かすという目的から外れても、すべて繋がっているため、やるべきこととして動かざるを得ません。
私達のような避難者が、避難してもなお、こういった活動を続けなければならないのは本当に苦しいです。
一度仕事を始めましたが、結局は今自分がしている活動が忙しくなり、仕事を辞めてしまうことになり、今までの、震災前の生活に戻れないでいます。
悔しいの一言です。
何で家族や友達と離れなくちゃいけないのか、
何で辞めたくない会社を辞めなくちゃいけないのか、
何で転校したくもない子ども達を無理に転校させなければいけないのか、
何で一緒に住むべき娘と、離れて暮らさなければいけないのか、
何で、こんな思いをしなければいけなかったのか。
毎日、この悔しい気持ちを抑えながら、自分とも葛藤しながら、生活しています。
子ども達には将来、普通に生きてほしいです。
でももしかしたら今私がしている事は、将来本当に子ども達を救う事になるのか、疑問に思うことがあります。
この原発や放射能汚染という問題は、私達の代ではおそらく解決などできない事だと思います。ということは子ども達の代までも続くわけで、こうして活動を続けている事が、本当にいいのかどうか、自問自答します。
どこかで、ケリを付けなくてはいけない事になるかもしれない。
でも、こうした社会を知れば知るほど、もっと勉強していればよかった、もっと社会に対して興味を持てばよかったと思っています。
自己満足なのかと思われたらそれまでですが、未来の人々を守ってゆくには、この国の社会問題や環境問題に対し、黙認も含め作り上げて来た大人達が目を背けずに考えていかなければならない当然の義務ではないかと思うのです。
年末年始、福島に帰りました。
同居していた主人の父が、昨年暮れに入院、一時は危険な状態になりました。
母も、「大丈夫だ」といいながら、体重が10kgも痩せてしまいました。
私は本当に申し訳ない思いでいっぱいで、その父や母の姿を直視できませんでした。
ほんとなら、一緒に暮らせているはずなのですから。
孫達とも離れて暮らす高齢者のストレスだってあるのです。
そんなの、住んじゃダメだからと避難しなければ、放射線量の数値を見て見ぬ振りしていれば、なんて事ない、何も感じない高線量の土地に住んでいられるのですから、私一人が我慢すればいいだけの話で、ダメな嫁だと言われても仕方がない事です。
事実は事実として伝えなければ、どこの原発が爆発しても全く同じ状況でしか避難させないでしょう。
国民全員が被害者だということをまず認識し、平和ボケを直さなければいけないと、日々痛感しています。
2月11日、避難者と支援者が一緒に立ち上がり、放射能健康診断と医療補償を求める署名活動を開始、京都の街中で行いました。
小さな子ども達が「ぼきんおねがいしまーす!」 と、本当に良く頑張ってくれました。
小学6年生の女の子も、「放射能から子どもを守るために署名お願いします!」と言いながら、通り過ぎる大人に頭を下げていました。
こんな情けないことがあるでしょうか。
しかし現実です。
隣で同じように自分も声を張りながら、悔しさで涙が止まりませんでした。
こんな事をさせて本当にごめんねと。
この署名は、全国民が出来る署名です。
放射能健康診断と医療補償で検索すると、ネットでもプリントできます。
毎月11日を目安に署名活動を予定しております。
今私達にはこうして戦っていくほかない事をご理解いただき、是非一人一人にご協力いただけたらと思います。
希望する全ての人への放射能健康診断と医療補償の実施を求める署名

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